「太陽のブルー」のれん

藍染のれん「太陽のブルー」
藍染のれん「太陽のブルー」素材:綿(手織)サイズ90cmx120cm

新築祝としてお届けする事になった
藍染のれん「太陽のブルー」
発送前にアク抜きをして、天気がよかったので裏山の桜の木につるし、
春の光と風を浴びせ撮影してみました。

ちょうど桜が咲き始めました。発送が桜の季節でよかった。
春の光と風に揺れるのれんを眺めていたら
制作時のいろいろを思い出しました。

実は「月のブルー」というのれんがあって、その続編みたいなイメージで
染めたのが、この「太陽のブルー」。

部屋や空間の仕切りとして使われる時
例えるなら、電源もフィルター交換もいらずに存在する事で
「空気清浄機」みたいに、静かにその場を浄化し続けてほしい、
そんな願いを込めて染めました。

展示会場でこれを見たお客さんから、
“ある種”の患者さんの部屋にあれば病気が治りそうなパワーがありますね
ってコメント頂いたことがあって、ああ、なるほど、と。

ただ、少しインパクト強いので、場所が選ばれ
使いにくいかなぁ、とも思っていたのですが、
新築の御宅で使っていただく事になり、本日発送となりました。

写真撮影しながら、制作時の事やお客さんとの会話を思い出しました。

風に揺れている一瞬、ハートマークじゃん。

これから、その御宅の空間に溶け込み
5年、10年後はどんな風合いになるんだろう。
藍で染まった手織りの生地、とても魅力的ですよ。
ご利用いただくご家族のご健康とご多幸をお祈りして
この「太陽のブルー」のれんをお届けいたします。

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「1Q84」を読んで

本を読んでこんなに夢中になるのって、いつ以来だろう
村上春樹著「1Q84」
多くの読者がそうだったように、ここ数日、現実と物語の区別がつかなくなるくらいに夢中に読んでいました。何だろう、この中毒的な魅力は。

物語のストーリーには触れず、自分の忘備録で気になった部分を書き出しておきます。

BOOK2<7月―9月>

P36
「バーニー・ビガードは天才的な二塁手のように美しくプレイする」
「ソロも素敵だけど、彼の美質がもっともよくあらわれるのは人の裏にまわったときの演奏なの。すごくむずかしいことを、なんでもないことのようにやってのける。その真価は注意深いリスナーにしかわからない」
「ほら、よく聴いて。ます最初に、小さな子供が発するような、はっとする長い叫び声があるの。驚きだか、喜びのほとばしりだか、幸福の訴えだか。それが愉しい吐息になって、美しい水路をくねりながら進んでいった、どこか端正な人知れない場所に、さらりと吸い込まれていくの。ほらね。こんなわくわくさせられるソロは、彼以外の誰にも吹けない。ジミー・ヌーンも、シドニー・ベシエも、ピー・ウィーも、ベニー・グットマンも、みんな優れたクラリネット奏者だけど、こういった精緻な美術工芸品みたいなことはまずできない」

素敵な文章だなぁ、「天才的な二塁手のように美しくプレイする」と「美しい水路をくねりながら進んでいった~」のフレーズ。実際に音楽を聴いてみて、さらに納得しました。
春樹さんの文章の中には音楽や文学やいろんな要素が引用されるんだけど、そのチョイスと造詣深さと物語に何層にも奥行きを描き出していく描写が実に味わい深い。。。

こんどゆっくり調べてみたり、読んでみよう。途中で出てきたフレーズや曲、小説などなど

フレイザーの「金枝篇」
「シンフォニエッタ」ヤナーチェック
森鴎外「山椒大夫」
「平均律クラビィーア曲集」バッハ
「オッカムの剃刀」

P279 …一部抜粋「しかし歳月はすべての人間から少しずつ命を奪っていきます。人間は時期が来て死ぬのではありませんん。内側から徐々に死んでいき、やがて最終的な決済の日を迎えるのです。誰もそこから逃れることはできません。人は受け取ったものの代価を支払わなくてはなりません。私は今になってその真実を学んでいるだけです」

P297…一部抜粋「大事なものを手に入れるには、それなりの対価を人は支払わなくちゃならない。それが世界のルールだよ」

この年度末の時期に「1Q84」を読んで、何か新年度にむけてトンネルを潜り抜けていくような、
不思議な感じを味わいました。

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「デットエンドの思い出」よしもとばなな著を読む

デッドエンドの思い出 よしもとばなな著
2003年 文藝春秋

ばななさんの小説、なにか引き付けられるように
今週も「デットエンドの思い出」を読んでいました。

「あとがき」のP228にもあるように

この短編集はわたしにとって「どうして自分は今、自分のいちばん苦手でつらいことを書いているのだろう?」と思わせながらかいたものです。つらく切ないラブストーリーばかりです

5つの短編が集められた
どれもがどうしようもなく、悲しい物語。

「おかあさーん!」より P125
なんで、あの事件は起きたのだろうか、と私はよく思う。
今思うとあの日のことは全てがあっという間で、どうやっても止めることはできなかったように思う。
いつのまにか、魔法のようになりゆきが進んでしまった感じだった。それで、終わってみても大変だったのかそうでなかったのか、おかしな夢を見ていたようで、なんだかよくわからないままだ。

ここ数年の事を振り返ると
自分も大きなうねりの中で
染めが出来ない日々が続いていました。

どうしようもない時って
否応なしにやってきて
すごい存在感で身動きとれない
かなしばりのようで。

P127
そして、いつかの時に別れていった人たちのために祈りをささげる。
ほんとうは別のかたちでいっしょに過ごせたかもしれないのに、どうしてだかうまく行かなかった人たち。本当の父と母、昔の恋人、別れていった友達たち、もしかしたら、そこには山添さんとの縁も、含まれているかもしれない。
この世の中に、あの会いかたで出会ってしまったがゆえに、私とその人たちはどうやってもうまくいかなかった。
でもどこか遠くの、深い深い世界で、きっときれいな水辺のところで、私たちはほほえみあい、ただ優しくしあい、いい時間をすごしているに違いない、そういうふうに思うのだ。

不思議な事に
うまく行くときは、何かに導かれるようにグイグイ進むし
ダメなときは、どんだけもがいてもうまくいかないし
偶然に会える人もいるし、
なんとなく離れていって会えない人もいるし。

「デッドエンドの思い出」より P211
家族とか、仕事とか、友達だとか、婚約者とかなんとかいうものは、自分に眠るそうした恐ろしいほうの色彩から自分をまもるためにはりめぐらされた蜘蛛の巣のようなものなんだな、と思った。そのネットがたくさんあるほど、下に落ちなくてすむし、うまくすれば下があることなんて気づかないで一生を終えることだってできる。

「染める」という作業は
自分の気力と体力はもちろんの事
いろいろな人やモノに協力いただかないと出来ない作業で、
業が深い、とでもいうのかな
だから、ちゃんと認識しておかないと
染め上りに、いろんな雑念も入り込んでしまう

P213
よく昔、夜空を見上げながら、死ぬとかいきるとか、どういう人生を送りたいだとか、意味もなく大きなことをかんがえたものだった。星がきらきらして、夜空はどこまでも遠かった。あの時の風の冷たさだとか、茫洋と広がっていく未来だとか、ふるさとの町を覆う潮の香りだとか、あの感じが、私によみがえってきていた。

これってオザケンの歌の世界と同じだ
「ナーンにも見えない夜空仰向けで見てた そっと手をのばせば僕らは手をつなげたさけどそんな時はすぎて 大人になりずいぶん経つ」

P226
あの日々は、どうしようもない気持ちだった私に神様がふわっとかけてくれた毛布のように、たまたま訪れたものだった。

この感じって、先週読んだ「ハゴロモ」とシンクロしてる

何度かドラえもんの、のび太とドラえもんが
おやつのどら焼きを食べるシーンが紹介されます。
この時計とこのデザインって、イメージぴったりですね。

P227
きっとそれは私の心の中の宝箱のようなものにおさめられ、どういう設定でみたのか、どんな気持ちだったのかすっかり忘れ去られても、私が死ぬときに幸福の象徴としてきっときらきらと私を迎えに来る輝かしい光景のひとつになるだろう、と思った。

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「ハゴロモ」よしもとばなな著を読む

先週に続きばななさんを読んでみました。
2018年もあっという間に1月は過ぎてゆき31日には
「スーパー・ブルー・ブラッドムーン」と呼ばれる満月の月食があり


手ぶれしてますが「赤い光の月」

2月になって、雪が降り、天赦日があり、節分を迎える
今週はいろんな切替のスイッチがオンになるような日々でした。

ハゴロモ よしもとばなな著
新潮社 発行2003年

そんな日々にこの小説を読む偶然の不思議。
読み終わって、このタイトルって何処から?
気になって読み返したら、きっとこのページですね

p53
人の、意図しない優しさは、さりげない言葉の数々は、羽衣なのだと私は思った。いつのまにかふわっと包まれ、今まで自分をしばっていた重く苦しい重力からふいに解き放たれ、魂が宙に気持ちよく浮いている。


そうか。このカバーデザインも
そんな意図があったんだ、きっと
カバーデザイン・増子由美

P100
夕方に向かって、太陽の光は最後の勢いを発散させ、その恵みのもとで人々は営みを続ける。きっと大昔、巨大な川のまわりで文明がおこった時代からずっと、そうなのだ。太陽が東からやってきて、夕方金の馬車で西に去っていくまで、人々はそのエネルギーを一身に受けて、生き続けていく。その単純な流れの中にはありとあらゆる側面がひしめきあって、生命の力はよどんだり、ちぎれたり、ぶつかったり、沈んだり、大きなうねりをうみだしている。


東京湾を渡るフェリーから撮影した夕日。
このときも、刻一刻と変化する夕日と水面に揺れるような光の道を眺めて
過去と未来と彼岸と此岸を感じました。

たまたま今朝の朝刊にも
あかね色に染まる「光の道」というタイトルで
宮地嶽神社参道からの夕日が特集されていて
人類にとって普遍的なモノなんですね。改めて実感。

うわっ、何てこった、検索してたら
YUIの『Muffler』 って曲に歌われていたんですね
しかも知らない曲だ。。アルバムに入ってない曲でしょ、

びっくりしました。。。

「ハゴロモ」に戻ります。

P142
人間は、絶対に無理をしてはいけないっていつでも言っていた。無理が全ての悪いことを生み出すんだって、口癖みたいに言っていました。

物語は都会での失恋で落ち込んだほたるが
地元、川のある街に戻り
懐かしい人々を通して解放されていく物語

P155
自然との感応はまるでいいセックスのようなものだ。大きな力に飲み込まれ、そこここに、例えば桜のつぼみの形だとか、葦の葉のすっとした直線だとか、石のまわりによどむちょっとした流れだとか、そういうところに官能的なラインが常に秘められている。それを目がいつのまにかながめては、すっかり満たされている。

ばななさんの文章って
コトバの組み合わせで、ふわっとした感情や捉えどころのない思いを
すくい上げて浮き立たせる、不思議な魔法の様な文章ですね

P167
「いらない、もう必要なくなった」そういうはっきりした言葉を言われないまま、愛する人に、東京でのたったひとつのつながりだったもの全てに、ぽいと放り出されたみなしごだった私の心を、そういった言葉たちはここに来てからいつでも、ほっこりと、ふわりと包み続けた。

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「王国」よしもとばなな著を読む

王国 その1 アンドロメダハイツ
王国 その2 痛み、失われたものの影、そして魔法
よしもとばなな著 新潮社 2002年初版発行

図書館に行ったとき
なんとなく惹かれて借りた本
久しぶりにばななさんの世界に触れて
読み終わった余韻が気持ちよくて
こんなに寒い日がつづき
ちょっとカサカサのハートに
染み込んで来たフレーズを書き留めておきます

人里離れた山奥で
薬草茶を処方するように作ってきたおばあさんと
雫石という孫娘が、山から離れ
別々の生活で様々な人々と出会うストーリー。

タイトル見たとき、その2を読みたくて借りたけど
ほとんどがその1に詰まっていました

その1 P23
「神様が何かをしたくてもあっちには言葉がないから伝えられないでしょう?
だから私みたいな人が代理で働いているだけで、私が何かをしているわけではないんだよ。そしてすべての仕事は本来そういうものなんだよ。」

おばあさんのコトバ。

人がいるところには必ず、最低のものもあるけど
最高のものもある。

作中にはいろんな植物、特にサボテンが登場します
おじいちゃんの書斎で咲いていた「竜神木」
主人公の名前にもなった「雫石」
サボテン公園にも行ってみたくなる

その2

 P32
大きな、ほんとうの目で見れば自分のしたことは絶対に消せないし、今までしてきた仕事や生活の型は必ず体のまわりに残ってしまうものだから、やりなおすということは厳密にはとてもむずかしい。だからできればなにごとも慎重にやるべきなのだ。自分のまわりはこれまでしてきたことや失敗したことやごまかしてきたことが、ぼんやりと層を作ってその人の輪郭をぼやけさせたりする。

そして人間をじっと観察した結果、人間というものは浅い、痛みのない生活を求めながらも、深いところでそれにやっぱり抵抗するものだというように思えた。だからこそ、私はまた仙人めいた暮らしに戻ることもせず、友達や恋人のいるここにい続けることにしたのだろう。

P63
「そうやって扱われたものには、そういう荒っぽい色がついてしまう。そして、一回つくとなかなか取れなくなって、人のほうがそれに操られるまでに力を持ってしまう。はじめのところが肝心なんだよ。」

染裕もつくづく思っています
染める前に生地を大切に扱わないと、そこの記憶も一緒に染まってしまうって。
染の作業場って散らかっててお恥ずかしい状態なのですが
腕の良い職人は作業場が綺麗で動きが無駄なく美しいんです。。。
液や生地っていろんな事を記憶していくんです。

しばらくは、、、
染めをする前の準備だとか、作業場の片付けとか
自分の気持ちの整理が必要で
「染める」という行為から距離を置いてみようと思っています。

P127
きっと心の目で見れば、人間の世界はいつだってこんなふうなのだ。真っ暗な宇宙世界に、ものすごい数の人間の光がただよい、つながりあい、光っている。ここには生死の区別もなく、大地も空もない。時間というものも存在しない。でも光がある。そのくらいに人間の光は強いものなのだ。

なんとなく、の、感じを
言葉にすくいあげるばななさんの文章は
ストレートにしみ込んできました。

P128
ああ、なんと愛しいことだろう、それぞれ違っているからこそ。そして、私はこの人生でもっとたくさんの光たちとまた触れ合っていくのだ。生きているかぎり、出会いと別れは続く。会う人みんなをどこかしらでは知っている。

さらに漕ぎ出していけよ、私よ。新しい日常の中に、この小さな光をもって。

このタイミングでこの本に出会えた事を
本当にうれしく思いました。


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