2018年 多摩美術大学校友会神奈川支部 開催します!

2018年 多摩美術大学校友会神奈川支部
BIRTHPLACE ART 2018 -Tama Art University in Kanagawa-
いよいよ本日8/19(日)より、FEI ART MUSEUM YOKOHAMA
フェイ アートミュージアム ヨコハマで開催されます。


昨日搬入してきました。
多摩美卒業後も絵画、彫刻、陶芸、テキスタイルなど様々な表現方法で制作活動を続ける神奈川県在住、出身、在勤の作家が学科や世代を超えて集まる展示会です。

毎回、ここで皆さんと再会すると、懐かしいあの感じ、
“多摩美の空気”を感じます。


今回、染裕のスターティングラインナップです。


上段、藍染筒描/型染めの「Japan Indigo Beautiful Island」シリーズ。
スカジャンに施された文様からインスパイアされ、日本の「美意識」みたいなもの、藍色が美しく八百万の神々の鎮座する島国、をテーマにした
写真左より、Tシャツ(レディースL)、タペストリー、長袖シャツ(メンズM)です。


そして隣壁面に、「Japan Indigo Beautiful Island」シリーズのワンピースです。(レディース/フリーサイズ)

中段(↑この写真だと上の段)
藍染半袖シャツ、メンズLサイズの3点
左より、#005 愛すべき夏に生まれるサークル 2018
中央、#010 「中庸を保て」 副題「あのくたらさんみゃくさんぼだい」
右、#006 「翼を広げた高く飛べ」「あなたの美しさユリのよう」をメンズにアレンジミックスさせたバージョンのひとつ。

下段、左のTシャツ、#02/レディースLと右側Tシャツ、#03/メンズSは
ジョーストラマーの、「お前の心の炎を絶やすな」から影響を受け、
多摩美卒制の「渦」で使った型紙を使った「青い炎」シリーズ。

真ん中は、日本代表のユニフォームなどから構想した「愛と希望と勇気のシャツ」#02 メンズXLサイズ。

今の染裕、ベストな作品メンバーが揃いました。
昨年同様、正面右側壁面に展示販売しています。

参加の皆さん、様々な魅力溢れる作品を展示しています。
FEI ART MUSEUM YOKOHAMA
横浜西口、ダイヤモンド地下街、奥の南12出口から徒歩3分程
お近くにお越しの際はぜひ、お立ち寄りください。

会  期:2018年8月19日(日)〜8月26日(日)
開場時間:10:00〜19:00 最終日17:00まで ※会期中無休
料  金:入場無料
イベント:レセプションパーティー/8月19日(日)17:00〜19:00
〒221-0835 神奈川県横浜市神奈川区鶴屋町3-33-2 横浜鶴屋町ビル1F
tel. 045-411-5031   fax. 045-411-5032
e-mail :artmuseum@fukasaku.jp
時間    :10:00 – 19:00

LINEで送る
Pocket

「琥珀の夢 下」を読んで

サントリー創業者・鳥井信治郎のはてなき情熱
「やってみなはれ」の精神で日本の洋酒文化に命を捧げた男。

集英社 伊集院 静 著
「琥珀の夢」夢中になって読みふけってしまいました。
忘備録として気になったところを書き留めておきます。

P30
信治郎は丁稚時代のことを思い出した。同業の店であれ、違う種類の店であれ、そこを訪ねた折は、客や荷の様子を必ず見てくるように教えられた。手代、中番頭が他の店の様子を話の中でやんわりと尋ねていた姿を何度も見ていた。船場の情報網の一面だった。

このフレーズで、いろんな事を思い出した…
まだ学生だった頃、日本各地の工房や職人さんに会いに行って、話を伺いました。実際に自分の目で見て聞く、その場の空気を感じる“嗅覚”みたいなもの。
聴きだす会話術みたいなもの。これって経験積まないと習得できない。

P31
「よう覚えてんな。ほんの少ししかここにいいへんかったのにあんたはんの頭はどないようできたかんのや。そうや、宇治の近在の生まれ育ちや。トメの家の者は先々代から店へ奉公に来てもろうとる。店が出す茶が美味いと評判でそれだけでお客さんが寄ってくれくれはる時もあった。トメの娘も店にいっときおって、嫁へ行き、あの子を産んだんや。あの子にお茶のいれ方を教えたんはトメのはずや。信治郎はん、人に働いてもらういうことは、そういうことや。店中で教えてもろうて、鍛え上げてもろうても、それだけやったら、ほんまもんの働き手にはなれへん、わかるか?」
「はあ……」
信治郎が儀助を見た。
「いっとう肝心なんは、ここや」と儀助が胸を叩いた。
「ここや。こころがまえや。お客はんに、毎日汗水流して働いとる奉公人に、美味しいお茶を入れて飲んでもらいたいと、三代の女子が懸命にやったら、そら美味いやろう。これがお茶と違うて、商いやったらどないなる?こない強い働き手はおらんで」

染裕は、いつも一人で制作しています。
意匠を考え、生地を選び、染めの材料を揃え、文様を描き、染めをし、洗いをし、ミシンでフダ付けし、アイロン掛けし、写真を撮り、Webに掲載し、展示会では接客し販売もする。
手伝ってもらう事もあるけど、基本一人です。
「人と共同で染めはできない」(染裕の染めたいものは)、という考えが中心だけど、鳥井信治郎の物語「琥珀の夢」のベースになっているひとつに、
「人に働いてもらう=人に愛される=近江商人三法よし」の考えがあり。
一人で出来ることには限界あり。

P106
先の見えないことを見据えることのできる独特の勘と能力を信治郎は持ち合わせていたのだろう。その証拠に、彼が商品化に取り組んだ前述の商品は、現在、どれも巨大市場となっている。

P107
明治40年8月、のちに“宣伝広告のサントリー”を呼ばれる寿屋洋酒店の第一号の広告が大阪朝日新聞に掲載された。

商品名、看板やラベルの色、キャッチコピー、全てにこだわり、まだ日本人に馴染みのなかった「ウイスキー」を世に広めるために宣伝広告にも力をいれた。
やっぱりサントリーの広告って独特で強いインパクト残しますよね。

P160
信治郎は神社仏閣があると、必ずそこを訪ねて挨拶し、御布施を惜しみなく献上した。“信治郎の走り参拝”と呼ばれて、新年には三ケ日で二十、三十の神社仏閣を回った。
「この水が寿屋にええウイスキーをこしらてさせてくれんのや。ありがたい水や。」
戦国時代、俳諧の祖と呼ばれた山崎宗鑑が暮らしたとも言われる妙善庵には、千利休が“待庵”という茶室を建てているほどたっだ。

染めも同じだ。
神様に祈り、水の持つ清らかなエネルギーと場所のエネルギー。
自分の気持ちの波を整えないと、いい染めができない。

P160
その額のホクロを、後年寿屋宣伝部に入社した作家の山口瞳が“ビューティフルポイント”と名付けた。

P172
「バッカスでっか?」
「そう、そのバッカスや。あっちには昔から大麦があった。日本には米があったさかい清酒がでけた。ウイスキーはそないなものと違うやろか。それに一番は熟成や。三年も五年も、十年も樽の中で寝かせたる。そん時、そのバッカスが何かしよるんやろ。そやさかい、おまはんも知ってるとおり、樽の中の酒がなんぼか減ってまうのを“神さんの分け前”言うやないか」

鳥井信治郎氏が
赤玉ポートワインやウイスキー、新しい商品や宣伝広告に注いだ“情熱”
シビれました。

LINEで送る
Pocket