雲龍さんの音の世界 の続き

週末のワークショップ用の
ローケツ染めのマニュアルつくろうかな~
と、いろんな資料をひっぱり出して眺めていたら
こんな時に限って前回のブログの続きが
書きたくなってしまって。。。

☆

購入してきた雲龍さんのCDを
何人かに聞いてもらったんですね、
とても感動したライブだったんです
というコメントをつけながら。
(音楽を人に薦めるのは難しいですね。趣味の違いもあって。。)

ある人から、淋しいわね~
と言われ、それって音量が小さい?と訪ねたら
もっとドラムとか他の音がないと、淋しくない??
と言われまして。。。あ~。。。

☆

先日、食品添加物の事を紹介して
それに慣れちゃうとそれが美味しくなっちゃうんだ~
と改めて認識したら、いろいろな見方が変わってきて
今回の音に関しても同じ事が言えるかも!って思ったんです。

今、身の周りにはいろんな音があって
携帯の着信、電化製品からの合図音や警告音
それは便利で快適な生活を支えてくれている
と思うんだけど、いつのまにか耳が慣らされてしまって。。

☆

2~3年前から、民放FM放送が聞けなくなってしまって
国営のFM放送ばかり聞いてるんですね。
もうCMになると音量が大きくなったり
ハイテンションでいつも元気いっぱいのDJとか
新曲や流行曲ばかり流れる番組にうんざりしてしまって。

国営放送は民謡や浪曲、合唱とか
興味のないジャンルも多いけど、まだ「音楽」を聞いている感があって。
曲を最後まで流すし(フェードアウトされていきなりCMになるの嫌なんです)

「音」の添加物 という概念は存在しないかもしれないけど
自分にとって民放FM放送は音の添加物だらけ。。。
同じくテレビもあまり見ないんだけど、ラジオと同じかそれ以上。

ちょっと難しいけど、全部否定してる訳ではないですよ
コンピューターを駆使した音もポップで添加物に感じないものもあります。
(いやいや、添加物超えたケミカルな感じが心地いいのかな)

たぶん、いろんな音の中で暮らしていると
いつも聞いている「音」がいちばん心地よい「音」になってしまう?

☆

雲龍さんの奏でる「音」は
現代人のいつも聞いている「音」の対極にあるような音で
耳で聞く、というより体の芯に響いて、
なにか遠い昔を思い出す感じなんですね。

だから、知人がいった「淋しくない?」という感覚は
現代人の「音」に慣れ過ぎてしまった、
耳からの発言じゃないのかな。。

たぶん今から何百年も前は
スピーカーもないし、電気製品もない。
音を奏でるものは、笛や太鼓
動物の鳴き声や木のさえずり、水や風の音。
雷の音なんてビックリしたんでしょうね。

味覚と同じで聴覚についても
麻痺してしまう前に
雲龍さんの音の世界を味わえて(生演奏を拝聴できて)
本当によかったと思います。

こんな事をつらつら書いていると
現代を否定している様だけど、全くそんな事もなくて
文明の利器はすごいな~なんて思いつつ
「Twitter」なんかもやってるんですよ。

あるミュージシャンのつぶやきなんですが
最近の音楽業界はCDの売り上げ不振に反比例して
ライブの入場者数が増えているらしくて
なるほどな~って思ったんです。
自分も昨年は買ったCDより見たライブの方が多いや。
生の音/演奏はやっぱり再生される音とは違うもんな。。
(ちなみにつぶやき主は高野寛さんです)

☆

やばい。。

最近、評論癖みたいな自分に反省と
ワークショップの準備しなきゃ~。。

ろうけつ染めは、さかのぼれば正倉院です。
(あ~。。正倉院の時代の音はどんなだったんだろう。)

さて~、どこまで歴史や技法を紹介して
ワークショップを楽しんでもらおうかなぁ。
申し込みの皆様はお楽しみ!
(若干ですがまだ空きがありますよ)

準備がうまく出来たら
明日はロウケツの試作染めしてみます。
ブログでアップ出来るかな?
お楽しみにです。

おすすめ記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください。

Instagram でフォロー